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東京地方裁判所 平成3年(ワ)5518号 判決

本訴原告・反訴被告(以下「原告」という。)

畑中厚子

右訴訟代理人弁護士

上條義昭

本訴被告・反訴原告(以下「被告」という。)

右代表者法務大臣

後藤田正晴

右指定代理人

加藤美枝子

村田英雄

平野信博

浅井光男

今泉滋

川島晟夫

主文

一  原告の請求をいずれも棄却する。

二  原告は、被告に対し、別紙第二物件目録記載の建物部分を明け渡せ。

三  原告は、被告に対し、金五一〇四円及びこれに対する平成三年一一月三〇日から支払済みまで年五分の割合による金員並びに平成三年四月二一日から右明渡済みまで一か月当たり金二万二九六八円の割合による金員及びこれに対する各発生日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  訴訟費用は、本訴反訴を通じ、原告の負担とする。

五  この判決は第二、第三項に限り仮に執行することができる。

事実及び理由

第一請求

一  本訴請求

1  被告は、原告に対し、原告が国立がんセンターの職員たる地位を有することを確認する。

2  被告は、原告に対し、次の金員を支払え。

(一) 金二〇〇万円とこれに対する平成三年四月一日から支払済みまで年五分の割合による金員

(二) 平成三年四月一日から平成六年三月末日まで毎月一七日限り金二九万四二七六円及び右各期日の金員に対する毎月一八日から支払済みまで年五分の割合による金員

(三) 平成三年四月一日から平成六年三月末日まで、毎年六月三〇日限り金五八万八五二二円、毎年一二月一〇日限り金七三万五六九〇円、毎年三月一五日限り金二〇万五九九三円及び右各期日の金員に対する各支払い期日の翌日から支払済みまで年五分の割合による金員

3  被告は、原告が別紙第一物件目録記載の浴室(以下、「本件浴室」という。)を使用することを妨害してはならない。

4  第2項につき仮執行宣言

二  反訴請求

主文第二、第三項及び第五項同旨

第二事案の概要

本件は、被告の医療機関である国立がんセンターの職員であった原告が、その職種からすると、本来は定年が六三歳であるにもかかわらず、六〇歳をもって定年に達したとして、被告から違法に就労と賃金及び賞与の支払いを拒否され、あるいは被告施設内の浴室の使用を妨害されたとして、被告に対し、原告が被告の医療機関である国立がんセンターの職員たる地位を有することの確認と、六三歳に至るまでの間の賃金及び賞与の支払い及び慰謝料の支払いを求めるとともに、施設内の浴室の使用の妨害禁止を求めたのに対し、被告が反訴として、原告に対し、公務員宿舎の明渡し及び同宿舎の賃料相当損害金等の支払いを求めた事案である。

一  争いのない事実等

1  原告の経歴

(一) 原告(昭和六年四月一日生)は、昭和三六年四月一日、一般職の給与等に関する法律(以下、「給与法」という)六条一項に規定する行政職俸給表(二)(以下、「行(二)」という。)が適用される雇員(保清婦)として国立大蔵病院に採用され、昭和三七年四月一日、国立がんセンターの開設にともない、同センターへ転任となった。右転任時、原告は、前任官署と同じ職名で、国立がんセンター運営部庶務課へ配属された。この時点での原告の職種は、国家公務員法八一条の二第二項二号の規定に基づく人事院規則一一―八(職員の定年)三条二号に該当する労務職員であった。

二  その後、原告は、昭和三九年一〇月一日付け人事異動により、看護助手(俸給表は従前と同じ行二が適用される。)に配置換となり、その後、昭和四二年四月一日厚生技官に任官し、昭和四三年一一月一日薬剤助手、昭和四六年三月一日臨床検査助手にそれぞれ配置換となり(いずれも俸給表は行二が適用される)、国立がんセンター臨床検査部勤務を命じられ、さらに昭和四七年九月一日付けで、臨床検査部病理検査室勤務に配置換となり、さらにその後、昭和五三年八月一日付けで、臨床検査部RI(Radio Isotope)分析検査室に配置換となり平成三年三月三一日に至った。

2 宿舎の占有等

原告は、被告の所有する別紙第二物件目録(略)記載の建物部分(以下「本件建物部分」という。)を、国家公務員宿舎法五条に基づいて維持・管理する国立がんセンター総長に対し、昭和四八年二月一〇日、同法施行規則八条に基づく宿舎貸与申請をし、同総長は、原告に対し、昭和五三年四月一日頃、同法施行規則九条に基づいて、本件建物部分の貸与を承認した。

原告は、昭和五三年四月一日以降、現在まで、本件建物部分に居住し、これを占有している。

平成三年四月当時、本件建物部分の賃料は、一か月当たり金七六五六円(消費税込みで金七八八五円)であった。

なお、国家公務員宿舎法及び同法施行令によれば、宿舎の貸与を受けた者が、職員でなくなったときは、その日から二〇日以内に宿舎を明け渡さなければならず(法一八条一項一号)、その場合、明渡期日までは、使用料を日割りでその月の末日までに支払わなければならず(法一五条四項)、右明渡期日までに明け渡しをしなかった場合は、当該宿舎の使用料の三倍の損害賠償金を支払わなければならない(法一八条三項、施行令一四条)旨定められている。また、平成三年四月一日から同年四月二〇日までの本件建物部分の日割り使用料は金五一〇四円(消費税込み)となり、同建物部分の月額使用料の三倍は金二万二九六八円である。

二  争点

本件の争点は、原告が、国家公務員法八一条の二第二項二号、人事院規則一一―八第三条二号に該当する職員であるか否かである。

三  原告の主張

1  原告は、国立がんセンターの職員として、昭和三七年四月一日から勤務してきたが、平成三年三月三一日当時、同センター臨床検査部検査助手として従事していた仕事は、〈1〉総合受付(二階)からRI管理室(分析室)への外来及び病棟患者の検体(尿及び血液等)の運搬(搬送)作業、〈2〉RI関係医薬品の搬送業者よりの受領及び医師・検査技師への交付作業、医師・検査技師等の廃棄物等の収集作業、〈3〉医師・検査技師から提出されたRI医薬品申込書の庶務課持参作業、〈4〉RI検査室(一七室)の清掃作業、〈5〉消耗品(石鹸、手袋、タオル等)の管理及び医師・検査技師の要求に応じた交付作業、〈6〉RI検査室に関し、医師・検査技師の検査終了後における後片付け作業(容器の洗浄、検査品の廃棄等)、〈7〉医師・検査技師の使用する診療衣等の洗濯場との出し入れ作業、〈8〉RIフィルムバッチに関し、医師・検査技師等との間の集配作業及びRI協会へのその提出・新品受領(月一回)作業、〈9〉ガスモニターの記録紙取替作業、〈10〉RI監視盤の放水スイッチ操作作業等である。そして、右仕事はいずれも単純作業であり、人事院規則一一―八第三条二号記載の典型的なものであるから、原告が右規定に該当する職員であることは明かであり、そのことは、原告が昭和四九年九月一〇日付けでなした行政措置要求に対し、昭和五〇年九月二六日付けで出された人事院事務総長の判定書においても認められていたところである。

したがって、昭和六年四月一日生まれの原告の定年は、国家公務員法八一条の二第二項二号により、原告が年齢満六三歳に達した日以降の最初の三月三一日である平成六年三月三一日であり、原告は、現在なお国立がんセンターの職員たる地位を有する。

しかるに、被告は、原告の定年は、原告が満六〇歳に達した時である平成三年三月三一日であるとして、原告が国立がんセンターの職員たる地位を有することを争う。

2  被告の不法行為

(一) 昭和五三年七月、国立がんセンター臨床検査部の仁井谷久陽部長は、当時臨床検査部病理検査室に配属されていた原告に対し、「職務の級を三級から二級に上げる待遇改善をするから」、同検査部RI管理室の労務雑用職への配置換えに応ずるよう要請したので、原告はこれを信じ、右要請を受け入れて右RI管理室へ移った。しかるに、右仁井谷部長は、右「職務の級を三級から二級に上げる」との約束を履行せず、原告を騙し続け、それにより原告に精神的苦痛を与えた。

(二) 就労の拒否及び給与等の不払

国立がんセンター臨床検査部の大倉久直RI管理室長及び下里幸雄臨床検査部長らは、部下である原告が全くの雑務労務作業員であり、原告の定年は満六三歳であることを認識し、もしくは認識しえたのにもかかわらず、原告に対し、強制的に満六〇歳定年に応じさせようとして、平成三年四月一日以降、原告が従前通り国立がんセンター臨床検査部に勤務しようとするのを、RI管理室入口に鍵をかけるなどの実力をもって阻止するとともに、以後、給与及び賞与の支払いを拒否し、原告に対し、精神的苦痛を与えている。

(三) 浴室利用の妨害

原告は、昭和四〇年以来、国立がんセンター敷地内にある職員住宅に居住し、昭和四三年以来、本件浴室を利用してきた。しかるに、平成四年九月一日以降、国立がんセンター庶務第一課長今泉滋らは、本件浴室に鍵を新設し、「原告が職員でないから入浴を認めない」として、原告の入浴を妨害し、原告に対し、精神的苦痛を与えている。

3  慰謝料等の請求

原告は、被告の前記各違法行為により精神的苦痛を受けたが、右精神的損害は、少なく見積もっても金二〇〇万円を下らない。

よって、原告は、被告に対し、原告が被告の職員たる地位を有することの確認、平成三年四月一日以降原告が定年に至るまでの給与及び賞与の支払い並びに本件浴室の利用の妨害の禁止を求めるとともに、国家賠償法一条に基づく損害賠償として金二〇〇万円及びこれに対する平成三年四月一日以降支払済みに至るまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

4  被告の主張に対する反論

(一) 原告は、人事記録上では昭和三九年一〇月一日保清婦から看護助手に配置換になっているが、実際は、昭和三七年の採用時から保清婦の身分で直ちに病棟で看護助手と称されて付添婦的な仕事や、容器の洗浄等雑用の仕事に従事していたものであり、右配置換は、仕事の実態と人事記録上の肩書とが一致したものに過ぎない。そして、看護助手の仕事の実態はまさに「雑役夫」であり、技能職たる性格を有しなかったものであるから、労務職員の定員をなくし、技能職員の定員のみにしても、実態が労務職員の仕事をしている以上、技能職員に変わることはありえない。

(二) 行(二)の労務職員と、同じく行(二)の技能職員とは、明かに職種を異にするものであるから、労務職員から技能職員に配置換するためには、人事院規則八―一二第一一条に定められている資格要件を有することが必要である。すなわち、「採用」と同じく当該職種につくために必要とする経歴、学歴、免許その他の技能等に関する資格要件を有するものでなければ不可能である。しかるに、原告の人事記録を見ても、原告に関し昭和三九年一〇月一日段階で「職種」が変わる形での法令上の根拠表示は全くされていない。

(三) 人事院規則九―八第五条に基づく別表第二のロの備考1一(4)は、「理容師、美容師、調理師、裁縫手等家政的業務に従事する者」を一つの分類項目として挙げているが、右の職業に就くことは、素人がにわか勉強で可能なものではなく、通常は一年から三年間、理容学校、美容学校、調理師専門学校、洋裁・和裁学校へ通学し、勉強してようやく技術が身につき、可能となる専門職である。ところが、看護助手、薬剤助手、臨床検査助手は、即刻採用した全くの素人でもすぐにできる仕事であり、右理容師等とは同一視することはできない。また、看護助手、薬剤助手、臨床検査助手の仕事が「裁縫手」等の「家政的業務に従事する者」と同一の業務(職種)でないことは明白であって、どんなに拡大解釈してもこれに入れることは不可能である。

四  被告の主張

1  原告の行(二)技能職員該当性

(一) 原告は、その存任中、行(二)の適用をうけていたものであるが、行(二)の適用範囲は、給与法六条一項の規定に基づき、人事院規則九―二(俸給表の適用範囲)二条に定められ、また同規則九―八(初任給、昇格、昇給の基準)五条の規定により、行二級別資格基準が定められており、その備考に職種区分が示されている。それによれば、行(二)の適用をうける職員は、その職種により更に技能職員、労務職員甲、労務職員乙に区分される。

臨床検査技師、薬剤師及び看護婦(医療職俸給表(二)、医療職俸給表(三)の適用をうけるもの。)の補助的業務を行う臨床検査助手、薬剤助手、看護助手等は、人事院規則九―二第二条各号には具体的な職種として掲げられていないが、これら助手は、第八号により、同条七号の「理容師、美容師、調理師、裁縫手等の家政的業務に従事する者」に準ずる「技能的業務に従事する者」に該当する技能職員であり、また、同規則九―八の五条に基づく別表第二のロ(行政職俸給表二級別資格基準表)の備考1項一号の(7)に基づいて、(4)の「家政的業務に従事する者」に「準ずる技能的職務に従事する者」に該当する技能職員である。

(二) まず、臨床検査助手の職務の内容からすると、臨床検査助手は、臨床検査技師を補助する者であり、単純作業を行なう労務職員ではなく、より高度な職務を行なう技能職員である。

すなわち、臨床検査技師の業務は、臨床検査技師、衛生検査技師等に関する法律二条及び同法施行令一条に定められているが、その内容には、医師の指導監督の下に技師自らが必ず行わなければならない業務と、技師の業務ではあるが、自己の指導監督のもとで助手に行わせることができる業務がある。臨床検査助手は、臨床検査技師の業務のうち、右後者の業務を行うことを目的として配置されているものである。原告は、臨床検査助手として、昭和五三年八月一日から平成三年三月三一日まで、国立がんセンターの臨床検査部RI分析検査室に勤務したが、そこでの職務内容は、主としてRI管理区域担当者、RI取扱責任者及び臨床検査技師の業務の補助であり、具体的には別紙「原告の業務」(略)記載のとおりである。

右業務の内容から明らかなように、例えば、RI分析検査室の清掃にしても、原告が意識していたと否とにかかわらず、放射性物質拡散による被爆障害予防を考慮しなければならないなど、専門的知識を要求される業務であり、一定の資質のある職員でなければ勤まらない職務であり、決して単純労務ではない。そのために、原告は、RI関係法規の改正に伴う講習会や定期研修に、作業従事者として積極的に参加し、専門的知識の習得に努めていたのである。

(三) 臨床検査助手が、技能職員であったことは、その沿革からも明らかである。

すなわち、臨床検査助手の前身は病理細菌助手であり、臨床検査技師の前身をさかのぼると病理細菌技術者になる。昭和三三年七月二二日に衛生検査技師法が施行される前、病理細菌助手は病理細菌技術者の補助者として存在し、技能職員として取扱われていた。昭和三三年七月二二日に衛生検査技師法が施行されたことにより、病理細菌技術者は衛生検査技師と臨床検査技師に分化したが、病理細菌助手は臨床検査助手と改称されたものの、その実質はほぼ変化していない。そして、右のとおり、病理細菌助手は技能職員であったので、その後身である臨床検査助手も、当然に技能職員として取扱われてきたものである。

(四) また、原告が技能職員であったことは、俸給表の格づけからも明らかである。

すなわち、原告は、昭和三九年一〇月一日、保清婦(労務職員(乙))から看護助手に配置換になると同時に、行(二)の五等級から四等級に昇格し、更に昭和四四年一〇月一日、三等級に昇格している。ところで、給与法六条三項の規定に基づく人事院規則九―八第三条は、各俸給表の各級別の標準的な職務を定めているところ、昭和六〇年法律第九七号により給与法の一部が改正される前の行(二)の標準的な職務によれば、原告が労務職員乙であるとすれば、三等級に昇格するには「数名の用務員、消毒婦、洗濯婦、炊事婦等を直接指揮監督する主任の職務」「数名の労務作業員を直接指揮監督する作業主任の職務」についていることが必要であった。しかし、原告には監督すべき部下はいなかったのであるから、原告が労務職員(乙)であったとすれば、三等級への昇格は不可能であったはずであり、右昇格は、原告が技能職員である看護助手であったからであることを明確に示すものである。

(五) また、原告が技能職員であったことは、職員の級別定数からも明らかである。

すなわち、予算上の人件費は、職務の(等)級別に定員を予定して算定されるから、この予算上の定数と給与上の(等)級別定数が相違すると、実行上極めて不都合な状態になるため、人事院、大蔵省とも密接な連係の上で(等)級別定数を決定し、かつ予算措置を行なうのである。

ところで、がんセンターに配付される職員の級別定数を見ると、技能職員の定数は常にあるが、昭和四六年度から現在まで、労務職員(乙)の定数はゼロである。これは、がんセンターには、労務職員(乙)が職員として配置されないことを意味する。定数がない以上、労務職員(乙)は存在しえず、それまで在職していた者も退職せざるをえない。ところが、看護助手、薬剤助手、臨床検査助手等は、なお定員配置されている。このことは、これらに者が技能職員であることを示すものである。

2  原告の反論に対する再反論

(一) 原告は、技能職員の職務内容として、相当高度のものを考えているようであるが、技能職員(行二適用)の職務は、技術職員(行政職俸給表一適用)の職務のように、高度の専門的かつ学術的な知識を必要とする職務ではなく、理容師、美容師、調理師、裁縫手や、潜水夫、造園作業員、動物飼育員など、主に経験や習熟により遂行することができるような職務なのである。なお、技能職員たる理容師、美容師とは、癩診療所において癩患者に対し理容・美容を行なうものであって、理容師、美容師としての免許は必要でなく、また、裁縫手は、病院の布団・シーツ等の簡単な調整、修理を行なうものであって、専門学校で学んだ技術、知識を持たなくても、技能職員となった後の経験、習熟によって遂行しうる職務なのである。

(二) 人事院規則八の一二第一一条は、転任させられる職員に適用される規定であるところ、原告が、昭和三九年一〇月一日付け人事異動により、労務職員から技能職員になったのは、「配置換」であって「転任」と異なるのであるから、右の規定を適用して「労務職員」を「技能職員」にするには「採用」と同じく当該職員に付くために必要とする経歴、学歴、免許その他の技能等に関する資格要件を有する者でなければ不可能であるとする原告の主張は失当である。

第三争点に対する判断

一  国家公務員法は、八一条の二第一項で、職員は原則として定年退職日に退職する旨規定し、同条二項で定年は原則として年齢六〇年とする旨規定するとともに、一号から三号までその例外を規定しているが、その二号で「庁舎の監視その他の庁務及びこれに準ずる業務に従事する職員で人事院規則で定めるもの年齢六三年」と規定している。そして、人事院規則一一―八(職員の定年)は、国家公務員法の右規定を受け、その三条で、国家公務員法八一条の二第二項二号の規定で定める職員として、給与法に規定する行(二)の適用をうける職員のうち、「用務員、労務作業員、消毒婦、洗濯婦、炊事婦等の庁務又は労務に従事する者」を挙げている(同条二号)。そして、行二の適用範囲については、給与法六条一項に基づき、人事院規則九―二(俸給表の適用範囲)がその二条で、職種を九項に大まかに分類しているが、その二号に「用務員、労務作業員、消毒婦、洗濯婦、炊事婦等の庁務又は労務に従事する者」が規定されている。更にまた、行(二)の適用をうける職員の職務の複雑、困難及び責任の度合いを示す職務の級については、給与法六条三項に基づき、人事院規則九―八(初任給、昇格、昇給の基準)がその五条で、級別資格基準表をもって分類の基準となるべき標準的な内容を定めているが、その別表第二ロ行政職俸給表(二)級別資格基準表によると、右人事院規則九―二で行(二)の適用をうけるものとされる職種を更に技能職員と労務公務員甲及び労務公務員乙に分類しそれぞれ職務の級を定めているが、右用務員等は、労務員乙に分類されている。

したがって、原告の定年が、年齢六〇年であるか六三年であるかは、原告の従事していた職務が、人事院規則一一―八第三条二号に該当するか否かによって決まるが、原告が平成三年三月三一日当時従事していた臨床検査助手という職種は、右各規定上どこにも明示されていないため、臨床検査助手の職務が人事院規則一一―八第三条二号に該当するか否かは、職務の内容等から右各規定に掲げられたどの職務と同一に扱うのが相当であるかによって実質的に判断する他ない。

二  そこで、まず、原告が従事していた臨床検査助手の職務内容につき検討するに、原告が行っていた具体的な仕事のうち、総合受付(二階)からRI管理室(分析室)への外来及び病棟患者の検体(尿及び血液等)の運搬(搬送)作業、RI関係医薬品の搬送業者よりの受領及び医師・検査技師への交付作業、医師・検査技師等の廃棄物の収集作業、RI検査室の清掃作業、消耗品(石鹸、手袋、タオル等)の管理及び医師・検査技師の要求に応じた交付作業、RI検査室に関し、医師・検査技師の検査終了後における後片付け作業(容器の洗浄、検査品の廃棄等)、医師・検査技師の使用する診療衣等の洗濯場との出し入れ作業、RIフィルムバッジに関し、医師・検査技師等との間の集配作業、ガスモニターの記録紙取り替え作業、RI監視盤の放水スイッチ操作作業、RI管理区域内への立入者の規制並びに監視業務等を行っていたことは当事者間に争いがなく、(証拠・人証略)によれば、原告は、RI管理室において、排水中及び空気中のRI濃度測定のモニタリング装置の監視業務を行っていたが、その具体的な業務の内容は、RI管理室において、RI管理区域の排水及び排気中のRI濃度をモニターで監視し、異常が生じた場合には管理区域担当者又は取扱責任者に通報したり、RI排水貯溜槽内の放射性同位元素の濃度と水位のモニター表示を監視して、排水バルブの開閉とポンプの操作を行い、右濃度を法定基準値内に薄めて、一般雑排水とともに下水に放出するというものであったこと、非密封清放射性廃棄物をチェックし、可燃物、不燃物の分別を確認し、RI廃棄物保管庫に集積する業務をしていたことなどが認められ、右認定に反する原告本人尋問の結果は採用し難い。

三  ところで、原告は、これらの業務は、いずれも単純な労務であって、人事院規則一一―八第三条二号の「用務員、労務作業員、消毒婦、洗濯婦、炊事婦等の庁務又は労務」と同じである旨主張する。

しかしながら、右認定の具体的業務は、個々的には単純な労務も含まれているとは認められるが、全体的に見ると、放射性物質に関する基礎的な知識や、RI濃度測定のモニタリング装置の基礎的な機能や操作方法を会得していなければ行うことのできない業務であって、単純労務というよりはむしろ技能的な業務というべきであって、このことは、(証拠・人証略)並びに弁論の前趣旨によれば、国立がんセンターにおいては、放射線障害の発生を防止し、公共の安全を確保するために、RI関係法規の改正に伴う講習会や定期研修会が時々開催され、原告は作業従事者として積極的に参加し、専門的知識の習得に努めていたことや、それまでRIについての基礎的教育を受けたものは別として、それのないものに対しては、場合によってはマンツーマンで教育していることが認められることからも明らかであり、原告がどのように理解していたかは別として、一般的には、原告が行っていた右臨床検査助手の業務内容と、用務員、労務作業員、炊事婦等の単純労務作業とを同一視することは到底できないというべきである。

そして、弁論の全趣旨によれば、人事院規則九―二第二条七号及び人事院規則九―八別表第二ロ備考1一(4)で、用務員等とは異なり技能的業務であるとされる「理容師、美容師」とは、癩診療所において、癩病患者に対して理容、美容を行う者であり、理容師、美容師の免許を必要としないものであること、また、「縫製手」とは、病院の布団、シーツ、カバーなどの簡単な調整、修理を行う者であることが認められるが、前記認定にかかる原告の臨床検査助手の仕事の内容は、単純な労務というよりは、少なくとも右理容師・美容師あるいは縫製手と同等以上に技能を必要とするものであるから、職種の分類の上では、前記人事院規則九―二の第二条の各号のうち、同条二号の用務員等よりは、同条七号の理容師、美容師、調理師、裁縫手等の家政的業務に準ずるものとして、同条八号の技能的業務に従事するものに該当し、職務の級の分類からいっても、その複雑、困難及び責任の程度からすると、前記人事院規則九―八第五条別表第二ロ備考三の労務職員(乙)よりは同一(4)に準ずるものとして同(7)の技能的業務に従事する者に該当するものと判断するのが相当である。

原告は、臨床検査助手の仕事が「裁縫手」等の「家政的業務に従事する者」と同一の業務でないことは明白であって、どんなに拡大解釈してもこれに入れることは不可能である旨主張するが、右各規定は「前各号に準ずる技能的業務」あるいは「上記に掲げる者の業務に準ずる技能的業務」と規定しているものであって、その業務の内容が家政的業務と同一であることを要求しているわけではないから、原告の見解は的はずれという他ない。

なお、原告は、原告が臨床検査部において臨床検査助手として従事していた仕事が単純労務であったことは、昭和四九年九月一〇日付けでなした行政措置要求に対し、昭和五〇年九月二六日付けで出された人事院事務総長の判定書においても認められていた旨主張する。しかし、(証拠略)(行政措置の要求に対する判定書)によれば、同判定書は、原告の行(二)三等級が(ママ)ら同二等級への昇格要求に対し、臨床検査助手の職務は、その複雑、困難及び責任の程度において薬剤助手、看護助手と同程度であるとした上で、行(二)二等級の基準となるべき標準的職務は、数名の職員を直接指揮監督する職長等の職務又は高度の技能若しくは経験を必要とする作業を行なう技能職員の職務とされている」(ママ)ところ、原告の職務は、「部下職員を指揮監督することはなく、臨床検査の業務を補助することを職務とするものであって、高度の技能又は経験を必要とする作業を行なう技能職員の職務とは認められないのであるから、二等級に昇格させるべきであるとする申請者の要求は理由がない。」と判定していることが認められ、右事実からすれば、右判定書が述べているところは、当時の原告の職務は、行(二)二等級に該当する程度の高度の技能又は経験を必要とする作業を行なう技能職員の職務とは認められないというものであって、原告が技能職員であることまで否定しているものではないから、原告の右主張は理由がない。

四  また、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、臨床検査助手の前身は病理細菌助手、臨床検査技師の前身は病理細菌技術者であり、昭和三三年七月二二日に衛生検査技師法が施行される前は、病理細菌助手は病理細菌技術者の補助者として技能職員として取扱われていたこと、衛生検査技師法が施行されたことにより、病理細菌技術者は衛生検査技師と臨床検査技師に分化したが、病理細菌助手は臨床検査助手と改称されたものの、その実質はほぼ変化していないことなどが認められ、右事実は、臨床検査助手が技能職員であることを裏付けるものといえる。

更に、(証拠・人証略)並びに弁論の全趣旨によれば、原告は、昭和三九年一〇月一日、保清婦(労務職員乙)から看護助手に配置換になると同時に、行二の五等級から四等級に昇格し、更に、薬剤助手に配置換となった後の昭和四四年一〇月一日、三等級に昇格していること、その職務内容の「複雑、困難及び責任の度」(給与法六条三項)からすれば、臨床検査助手、看護助手及び薬剤助手は同程度であること、給与法六条三項の規定に基づく人事院規則九―八第三条は各俸給表の各級別の標準的な職務を定めているところ、昭和六〇年法律第九七号により給与法の一部が改正される前の行(二)の標準的な職務によれば、原告が労務職員であるとすれば、三等級に昇格するには「数名の用務員、消毒婦、洗濯婦、炊事婦等を直接指揮監督する主任の職務」「数名の労務作業員を直接指揮監督する作業主任の職務」に就いていることが必要であったところ、原告には監督すべき部下はいなかったのであるから、労務職員(乙)であったとすれば、三等級への昇格は不可能であったことなどが認められ、右事実からすれば、原告は、看護助手に配置換えとなった時点においては既に技能職員として扱われていたことが認められる。

また更に、(証拠略)及び弁論の全趣旨によれば、国立がんセンターには昭和四六年度から労務職員(乙)の定数はゼロであるが、看護助手、薬剤助手、臨床検査助手等はなお定員配置されていることが認められるが、これらからすると、右臨床検査助手等が技能職員とされていることが認められる。

また、原告は、労務職員から技能職員に配置換するには、人事院規則八―一二第一一条に定められている資格要件を有することが必要である旨主張するが、そもそも右規定は、任命権者を異にする部署への異動である転任について適用される規定であるところ、原告が昭和三九年一〇月一日付け人事異動で看護助手になりあるいはその後臨床検査助手になったのは任命権者を同じくする部署への異動である配置換であるから、原告の右主張は失当である。

さらに、原告は、労務職員から職種の異なる技能職員に配置換をするには、法令上の根拠が必要であるが、原告の場合にはその根拠が示されていない旨主張する。原告の右主張の意味は判然としないが、そもそもそれを示さなければならないとする根拠が明かではなく、右主張は失当である。

五  以上のとおり、原告が平成三年三月三一日当時従事していた臨床検査助手は、その職務内容及び行(二)における格付けからすれば、明らかに技能職員であって、人事院規則一一―八(職員の定年)三条二号に掲げる「用務員、労務作業員、消毒婦、洗濯婦、炊事婦等の庁務又は労務に従事する者」には該当せず、したがって、国家公務員法八一条の二第一項及び二項本文の規定により、定年年齢は六〇年となるが、原告の生年月日は前記のとおり昭和六年四月一日であるから、年齢計算ニ関スル法律により、平成三年三月三一日をもって年齢六〇年に達したことになり、同日をもって定年退職となったものというべきである。

右のよれば、原告は、平成三年三月三一日をもって国立がんセンターの職員たる地位を喪失したものであるから、以後、原告が給与や賞与の支払請求権を有するはずはなく、また、国立がんセンターにおいて原告の就労を拒否したからといって、それが不法行為とならないことは明らかである。

したがって、原告の本件給与等の支払請求及び就労拒否等を理由とする慰謝料請求はその余の点につき判断するまでもなく理由がない。

なお、原告は、昭和五三年に、当時勤務していた臨床検査部病理検査室から同検査部RI管理室に配置換になるに際し、上司である部長が原告の職務の級を三級から二級に上げると言って原告を騙したことが不法行為に該当する旨主張し、原告本人尋問の結果中には右主張に沿う供述部分があるが、右供述部分は、(人証略)と照らし合わせるとにわかに信用し難く、他にこれを認めるに足る証拠はない。したがって、これを理由とする慰謝料請求も理由がない。

また、原告が国立がんセンターの職員の地位を喪失した後は、同センターの許可を得る等の特段の事情のない限り、同センターの女性職員用の本件浴室の利用はできないものというべきところ、本件においては右特段の事情は認められず、したがって、同センターの職員が原告に対し、本件浴室の利用を拒否したからといって、それが違法となるわけでないことは明らかであり、原告の本件浴室利用の妨害の禁止を求める訴えも理由がない。

六  これに対し、前記争いのない事実に、右認定のように、原告は平成三年三月三一日をもって定年により国立がんセンターの職員たる地位を喪失したことを合わせて勘案すれば、原告は、被告に対し、公務員宿舎である本件建物部分を、平成三年四月二〇日限り明渡すべき義務があるとともに、平成三年四月一日から同月二〇日までの本件建物部分の使用料金五一〇四円及びこれに対する履行期の後で反訴状送達の日の翌日である平成三年一一月三〇日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金並びに平成三年四月二一日から右明渡済みまで一か月当り金二万二九六八円の損害金及びこれに対する各発生日の翌日から支払済みまで民法所定年五分の割合による遅延損害金を支払うべき義務があるというべきである。

七  結論

以上のとおり、原告の本訴各請求はいずれも理由がないのでこれを棄却し、被告の反訴各請求はいずれも理由があるのでこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 高田健一)

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